肝臓病といえば、肝炎、脂肪肝、肝硬変などが代表格ですが、「肝嚢胞」(かんのうほう)という聞きなれない病気もあります。
聞きなれない病名ですが、実は人間ドックを受けた人の多くに見つかるものなんですよ。
エコーを受けた50歳前後の女性の約5~20%に発見されます。
肝炎、脂肪肝、肝硬変は、主にウイルスやアルコールが原因で起こりますが、肝嚢胞は「生まれつき」や「寄生虫」などが原因です。
人間ドックで、症状がない状態で偶然発見されることが多いです。
気をつけなければならないのは、寄生虫が原因の肝嚢胞です。
目次
肝嚢胞とは?どんな病気?
肝嚢胞は、肝臓の中に液体(分泌液)のたまった袋(のう胞)ができる病気です。
(肝臓に関わらず、体の中にできる液体などがたまった袋状のものを「のう胞」と言い、胸にできたのう胞は「乳腺のう胞」、腎臓にできたのう胞は「腎のう胞」といったように使います。)
肝嚢胞の大きさ
肝嚢胞の‘のう胞’の大きさは数mmのものから10cmを超える握りこぶしくらいの大きさまでさまざまです。
できる数は、1つのこともあれば複数できることもあります。
肝嚢胞の原因
肝嚢胞の原因は、大きく分けて「寄生虫性」と「非寄生虫性」の2つがあります。
肝嚢胞は、寄生虫が原因か、寄生虫以外が原因(非寄生虫性)かによって、今後の治療方針などが大きく異なります。
寄生虫性はまれで、ほとんどが非寄生虫性です。
1.非寄生虫性の肝嚢胞
寄生虫以外の原因には、先天性、外傷性、炎症性、腫瘍性があります。
1-1.先天性の肝嚢胞
肝嚢胞の原因のほとんどは非寄生虫性と言いましたが、そのなかでも大半が先天性(つまり生まれつき)で良性です。その他の原因は少ないです。
先天性の肝嚢胞は、50歳前後の女性に発症することが多いです。
先天性の肝嚢胞は、母体でのなんらかの異常によるものが多いとされています。また、性ホルモン、経口避妊薬によるといわれるものもあります。
1-2.腫瘍性の肝嚢胞
腫瘍とは、腺組織(分泌物を出す組織)が増殖したもののことを言います。肝臓を構成している肝細胞も腺組織で、それが増殖してできるものが腫瘍性の肝嚢胞です。
腫瘍性の肝嚢胞は、良性の場合とがんへと進行する悪性腫瘍の場合があります。
悪性腫瘍だった場合は、腫瘍マーカーの測定を行います。
※良性腫瘍:腫瘍のうち、成長スピードがゆっくりで転移や再発が無く、生命に危険をもたらさないもの。
※腫瘍マーカー:がんの発生によって血液中や尿中に増える物質のこと。それを測定することで、がんの有無や発生部位、進行度などの目安となる。
1-3.炎症性の肝嚢胞
体がなんらかの有害な刺激を受けたときに、その原因となるものを取り除こうと防御反応が起きます。
その反応を免疫反応と言いますが、その時、反応が起きている場所は熱を持ち、腫れあがり、場合によっては痛みを感じることもあります。この状態を「炎症」といいます。
その炎症の後に生じた肝嚢胞が、炎症性肝嚢胞です。
1-4.外傷性の肝嚢胞
外傷とは外からの力によって体が傷害を受けることです。外からの力は様々あり、交通事故でぶつけたり、強く打ったり、紫外線による火傷、赤外線、外から受ける熱、などです。
肝臓は容積が大きいことと、その大きさの割に肝臓を包んでいる膜が小さい為に損害を受けやすく、腹腔内内臓の中で最も損害の発生率が高い臓器です。特に、交通事故や転落、墜落事故による損傷が多いようです。
その外傷の後に生じた肝嚢胞が、外傷性肝嚢胞です。
非寄生虫性の肝嚢胞の種類
寄生虫以外が原因の肝嚢胞には、「孤立性」と「多発性」があります。
多発性とは、同じ時期にからだの2ヶ所以上で特定の病気による変化があらわれることです。肝嚢胞で言えば、肝臓だけでなく腎臓、すい臓、脾臓、卵巣などにのう胞があるものを言います。多発性の肝嚢胞の約半数は、腎臓にものう胞がみられ、高血圧や腎機能低下を伴う場合があります。
2.寄生虫性の肝嚢胞
肝嚢胞の原因となる寄生虫は、エキノコックスの条虫の幼虫(包虫)です。この包虫のことを単に‘エキノコックス’(または肝包虫)と呼ぶことが多いです。
そのエキノコックスが肝臓に住み着いて、液の入った袋(つまり肝嚢胞)を作ります。
エキノコックスは、肝臓や、肺、骨髄などに感染することがあり、感染する場所を問わずエキノコックスが寄生する疾患を総称して「包虫症」と呼びます。その中でも、エキノコックスが肝臓に感染した病気(つまり肝嚢胞)を、「肝包虫症」と呼びます。(肝エキノコックス症と呼ぶこともある)
肝包虫症は、日本には少ないものの、四国や北海道の礼文島などに見られます。成虫は体長1cm以下と小さく、終宿主であるキツネやイヌなどに寄生しています。虫卵はキツネやイヌの糞と一緒にに排出され、この虫卵に汚染された水や食べ物、ほこりなどを人が飲み込むことで感染します。飲み込まれた虫卵は、人間の十二指腸の中で幼虫となり、腸管から門脈という血管に侵入し、肝臓に定着して増殖しのう胞を形成します。
障害を起こしている場所が限られていればのう胞ごと肝臓を切除することで根治できます。
キツネ、イヌの排泄物に注意し、手をよく洗うことが予防になります。
寄生虫が原因の肝嚢胞には、「単包虫症」と「多包虫症」の2つがあります。
単包虫症は、大きなのう胞を形成するのが特徴で、時に破裂します。単包虫症は、単包条虫の感染により起こります。
多包虫症は、包虫が外に増殖して蜂巣状の構造を形成します。他の臓器にも転移し、悪性腫瘍に似ています。多包虫症は、多包条虫の感染により起こります。
単包虫症は、日本では極めてまれなので、寄生虫が原因の肝嚢胞といえば多包虫症を指すと思っていいでしょう。以降、本ページでも寄生虫が原因の肝嚢胞に関する記載は、多包虫症の内容を記載しています。
多包虫症は、北半球の寒冷地に広く分布し日本では北海道にみられ、20世紀以降に北海道に定着したと考えられ、現在北海道全域で流行しています。
北海道ではキタキツネが最も重要な感染源で、約60%のキタキツネが感染していると報告されています。また、北海道で飼育されているイヌの1%以上が感染しているという報告があります。本州でも多包虫症が報告されていますが、持ち込まれたルートは不明です。
肝嚢胞の症状や痛み
1.非寄生虫性の肝嚢胞
ほとんどの場合無症状です。その為、人間ドックや肝臓の検査で偶然に無症状で見つかる場合が多いです。
ただ、のう胞がかなり大きくなると、腹部にしこりやかたまりに触れることが出来たり、上腹部の鈍痛や腹部に膨張感があったり、胃や十二指腸を圧迫して胃の不快感や食欲不振や吐き気を感じることがあります。ごくまれに出血やのう胞の破裂を起こしたりします。
のう胞内に感染が起これば、発熱、腹痛など肝膿瘍(かんのうよう)に似た症状がでます。
のう胞内に出血すれば、急激な腹痛やショック状態を起こすこともあります。
腫瘍性の肝嚢胞の場合は、病気の進行に応じて、前述の症状に加えてむくみや黄疸が出ることがあります。
※肝膿瘍: 肝嚢胞と名前が似ていますが、肝嚢胞は肝臓に袋状のものができて中に分泌液がたまるものですが、肝膿瘍は肝臓にうみがたまる病気です。 主に細菌の感染によって起こるもので、発熱、悪寒、右上腹部痛が主な症状で、肝臓が腫れあがります。
2.寄生虫性の肝嚢胞
のう胞の内部には多くの頭節(寄生虫の先端部分)が生じ、無数の包虫が生じます。幼虫は肝臓に入ると2~3ヶ月で外側にキチン膜をもつのう胞を形成します。
包虫の増殖は遅いため、のう胞の発育は穏やかで、自覚症状が出るまで数十年かかります。つまり、感染してから数年~数十年は症状がありません。
数十年かかって包虫が増殖してスポンジ状の大きな病巣を形成し、のう胞が10~20cmにも達すると、肝臓ははれて大きくなり変形してしまいます。そうなると、上腹部に引っぱられるような痛みやお腹が張ったような感じがするといった腹部症状が現れます。また、のう胞のある部分にデコボコのない滑らかなかたまりに触れることができ、圧痛を感じます。さらに進行すると肝障害を起こし、黄疸、脾臓がはれて大きくなる、腹水などの症状が見られ、肝不全や門脈圧亢進症(※)を起こして死にいたることもあります。
また、包虫は、脳や肺に移転することがあり、脳に移転すると神経症状が現れます。症状が現れてから治療せずにいると10年で94%の人が死亡します。
また、のう胞の破裂によって腹腔内に包虫がばらまかれてしまうと重症になります。
また、合併症として、のう胞内の液が血中に流出してアレルギー症状やアナフィラキシーショック(※)がみられることがあります。
※門脈圧亢進症: 口から入った食べ物の栄養がたっぷり入った血液を肝臓に送り込む血管を門脈と言います。肝臓内のたくさんの門脈がつぶされて閉塞して、肝臓の中を血液が通りにくくなり、門脈内の血圧が異常に高くなることを門脈圧亢進と言います。門脈の血圧が異常に高くなると、血液は肝臓を迂回して流れようとして胃や食道に向かう静脈に門脈の血液が逆流してしまいます。そうなると静脈がこぶ状にふくらむ静脈瘤ができたり、アンモニアが肝臓で解毒されずに全身に回ってしまったり様々な障害が起きます。
※アナフィラキシーショック:アレルギーの一種で死に至ることもある危険な状態。アレルギー体質の人がハチに刺されると起きることがあります。じんましん、呼吸困難、下痢、嘔吐、痙攣など激烈な症状が現れる。症状が起こったら一刻も早く病院で酸素吸入や気道確保などの治療を受けます。
肝嚢胞の検査・診断・エコー
1.非寄生虫性の肝嚢胞
肝嚢胞は、肝臓の検査で偶然に見つかる場合が多く、よく超音波検査(エコー)で発見されます。
先天性の肝嚢胞は、50歳前後の女性に発症することが多いのですが、エコーを受けた50歳前後の女性の約5~20%に発見されると報告されています。
肝嚢胞は、腹部超音波検査(エコー)での診断が有効で、はっきり映し出されるので、画像診断でほぼ確定します。エコーは、超音波を体表面から体内へ向けて発射して反射してくる音波の違いをコンピュータで描き出し、固い部分を白い影として映し出すものなので、肝嚢胞の’のう胞’の部分が黒く映し出され、その周りは白く映し出されます。
(出典:超音波検査法フォーラム)
エコーのほかにも、CTやMRIでも診断されます。
肝機能の血液検査では、ほぼ正常の数値がでますが、胆道系酵素(※)が上昇することがあります。
前述のようにのう胞の存在診断は簡単ですが、寄生虫性、腫瘍性、炎症性など原因を的確に診断する必要があります。腫瘍性でも悪性腫瘍だった場合や、寄生虫性が疑われた場合は、腫瘍マーカーの測定や寄生虫に対する抗体検査が行われます。
※胆道系酵素: 血液検査結果票に書かれている「ALP」「γ-GTP」という項目のこと。ALPの基準値は124~367IU/ℓで、肝臓の組織が破壊・壊死するとALP値が上昇する。γ-GTPの基準値は男性70IU/ℓ以下、女性50IU/ℓ以下で、腫瘍などで胆管が閉塞して胆汁がうっ滞したり肝細胞が破壊されると上昇しますが、飲酒を続けているとこの数値が上がることが多い。
2.寄生虫性の肝嚢胞
問診、腹部の触診、血清診断、画像診断などが行われます。血清診断にはELISA法とウエスタンブロット法と呼ばれる2つの検査方法があり、北海道などの流行地域の集団検診スクリーニングにも使われています。
腹部X線検査に加え、超音波やCTの併用でより正確に診断されます。
腹腔鏡による肝臓表面の観察と肝生検でのう胞壁が確認できると診断が確定します。
ただし、包虫が小さいうちは、血清検査も画像検査も陰性になることがあります。
肝嚢胞の治療・ドレナージ
1.非寄生虫性の肝嚢胞
肝嚢胞のほとんどは生まれつきのものなので、症状が無ければとくに治療の必要はありません。定期健診で変化をみます。
しかし、のう胞が巨大化していて門脈圧亢進症(※)をおこしていたり、圧迫されるような自覚症状が強い場合や、悪性の可能性があったり、のう胞の破裂、のう胞内に感染や出血などの合併症を起こした場合は、治療が必要です。
通常の場合、巨大化したのう胞には、穿刺(せんし)と言う治療を行います。穿刺は、のう胞をエコーで観察しながら、皮膚の上から細い針を刺してのう胞の内容液を排液します。その後、のう胞壁の細胞をアルコールやミノサイクリン(ミノマイシン)で死滅させることで治療できます。この排液法のことを「ドレナージ(※)」と呼ぶこともあります。
他には、組織凝固の目的で無水エタノール注入療法などもあります。それでも効果がなくて大きくなるようであれば開腹手術または内視鏡的に手術をします。
※ドレナージ:体の中にたまった血液や空気、膿などを外に導出すること。排液法、排膿法ともいう。
※門脈圧亢進症(もんみゃくあつこうしんしょう): 口から入った食べ物の栄養が入った血液を肝臓に送り込む血管を門脈と言います。肝臓内のたくさんの門脈がつぶされて閉塞して、肝臓の中を血液が通りにくくなり、門脈内の血圧が異常に高くなることを門脈圧亢進と言います。門脈圧亢進になると、血液は肝臓を迂回して流れようとして胃や食道に向かう静脈に門脈の血液が逆流してしまいます。そうなると静脈がこぶ状にふくらむ静脈瘤ができたり、アンモニアが肝臓で解毒されずに全身に回ってしまったり様々な障害が起きます。
2.寄生虫性の肝嚢胞
炎症性、腫瘍性、寄生虫性の肝嚢胞では、原因に応じた治療が必要です。例えば寄生虫が原因の肝嚢胞は手術でのう胞を切除する以外に治療法はありません。(包虫駆除薬アルベンダゾールの投与も切除と平行して行うこともあります)
肝嚢腫は治療が必要な場合も
例外は、肝嚢腫(シスト)と呼ばれる肝嚢胞で、しばしば腎嚢胞を伴い、さまざまな障害を起こします。大きな腎嚢胞がある場合は食塩を制限したり、降圧利尿剤の投与が行われます。
肝嚢胞の手術
「肝嚢胞の原因」で説明したように、包虫症(寄生虫が原因の肝嚢胞)の場合は、障害を起こしている場所が限られていればのう胞ごと肝臓を切除することで根治できます。寄生虫が原因の肝嚢胞の場合は、手術でのう胞を切り取る以外に治療法はありません。早期診断された患者の治癒率は高く、予後は良好です。
先天性の肝嚢胞でも、孤立性の場合、のう胞が巨大化してしまい、穿刺や無水エタノール注入療法などが効果がなく大きくなってしまうようであれば開腹手術または内視鏡的に手術をします。
手術は不安ですよね、「肝嚢胞 手術 ブログ」と検索すると肝嚢胞の手術をした人のブログがいくつか出てきますので見てみるといいかもしれません。
肝嚢胞は破裂するか
のう胞が巨大化していると破裂のおそれがある場合があります。
先ほども説明しましたが、寄生虫が原因の肝嚢胞のなかでも単包虫症は大きなのう胞を形成するのが特徴で、破裂することもあります。
肝嚢胞は何科に行けばいい?
腹部にしこりやかたまりに触れることが出来たり、上腹部の鈍痛や腹部に膨張感があったり、上腹部の不快感がある場合は、「消化器内科」を受診しましょう。
人間ドックなどで無症状で偶然発見された場合は、肝嚢胞の原因を調べてもらい、その後の治療方針を聞くようにしましょう。
肝臓専門医
肝嚢胞は人間ドックで多くの人に見つかるものですが、それでも肝炎や脂肪肝よりはマイナーな病気なので、受診する場合は消化器内科でも特に「肝臓専門医」を指名して見てもらうと安心です。
肝臓専門医とは、日本肝臓学会が指定した研修や試験をクリアした医師のことです。
肝臓専門医は下記の日本肝臓学会のサイトで一覧になっているので参考にしてください。
肝嚢胞と肝膿瘍のちがい
肝嚢胞とは別に、肝膿瘍(かんのうよう)という肝臓の病気もあります。
名前が似ていますが、肝嚢胞は肝臓に袋状のものができ、中に分泌液がたまるものですが、肝膿瘍は、肝臓にうみがたまる病気です。
まとめ
肝嚢胞は基本的にはあまり心配ない病気です。
寄生虫が原因か、寄生虫以外が原因かによって大きく様子が異なります。
大半が生まれつき(先天性)の肝嚢胞のため問題ないですが、特に気をつけなければいけないのは「寄生虫が原因の肝嚢胞」で、切除などの治療が必要です。ただし、北海道以外で寄生虫が原因の肝嚢胞になることはほぼないでしょう。
上腹部の圧迫感や膨張感、胃の不快感などの症状があれば、のう胞がかなり大きくなっている可能性があるので、寄生虫が原因ではない肝嚢胞の場合でも至急病院を受診しましょう。
・症状が無い
・北海道に行ったことがない
・エコーでのう胞のサイズが小さかった人
このような人は、心配ないでしょう。
健康診断のときに「肝嚢胞」という病名だけ言われて原因を見てもらえなかった人は、念のため肝臓専門医を受診して原因を見てもらってもいいかもしれませんね。
北海道へ旅行に行く時は、肝嚢胞の原因となる寄生虫に感染しないように、キタキツネと接触しないようにしましょう。キタキツネの糞がまじった水を飲まないように、沢の水を生で飲まないなどの注意をしましょう。
また、いきなり検査で肝嚢胞と言われたばかりで、「肝嚢胞どころか肝臓についてよく知らない!」という人も多いと思います。「図解ですぐわかる!肝臓の病気の種類」のページの目次「肝臓の基礎知識」では、肝臓のことを何も知らない人でも肝臓について理解できるように知識を簡単にまとめているので読んでみてください。
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